が終わる、しさを








「ほんっとここ夏って感じしないねえ」
「・・外に放り出してやろうか?」
「いえ結構です遠慮しておきますすいませんでした跡部さま」








夏という実感がしないのは何も冷房完備、外に広がる景色は森(森なのかどうかしらないけれど、でもうっそうと茂る緑、緑、緑の木々はボギャブラリーの少ない私には森としか表現できない。だって庭園と言えるほど狭くないし、かといって屋外の木づくりのシックなテーブルとイスは完備されているのだけれど)なこの跡部の書斎の所為ではない。跡部はこの夏全国大会だったし、まあ結果は頭を見れば一目瞭然だけれども、部長の引継ぎ後も何やらかんやらで部活に毎日顔を出し、私と過ごす時間など皆無に等しかった。かくいう私もこのすばらしき頭脳が教員陣には理解できなかったのだろうか、個人補修などというものを毎日組まされ、暑い中毎日登校し、勉学に励んだわけで。まあどちらにせよ私と跡部が一緒に過ごす時間など、数時間前に私が跡部の家に押しかける前までは皆無だったわけだ。







「あーあ、今年は夏らしいことなんにもできなかった」
「そう思うならその頭をどうにかしろ」ぜんっぜん補修の成果が見れねえ。呆れるように(っていうか呆れてっていうか心底バカにされて)跡部は宿題のプリントをこっちに投げてよこした。採点を頼んだのだが、それはもう派手なバツ印が並びに並んでいる。





「数学なんか社会に出て使うわけでもなし・・」どうせ大学受験で需要が尽きるものなんかより、もっと意義のあることを勉強したいね、と口を尖らせながら跡部に手を差し出した。飛んできたケシゴムをキャッチしてさっき書いた答えを乱暴に消す。
跡部はやっぱり呆れたようにこっちを見ていて、ああ、こういうの久しぶりだなあと感じられずにはいられなかった。





「・・・それ終わったら、お前がしたい『夏らしいこと』に付き合ってやるよ」
海でもスイカでもカキ氷でも祭りでもプールでも何でも好きなこと考えとけよ 柄にもないセリフを聞いて私は跡部の顔を見た。跡部は茶化すわけでもなく、真面目な表情をしているわけでもなく、まあ、普通の顔をしていたのだけれど、目はしっかりとこっちを見ていた。











恐いのだ。
次の夏に跡部が私の隣にいる保証は無い。もしかしたら跡部の隣にいるのは留学先のホームステイん家のブロンド髪のポニーテールの蒼目の可愛い子ちゃんかもしれないし、校則違反ぶっちぎりの私の隣にいるのは鬼のような表情をしたまだ見ぬ高校の生徒指導員かもしれない。
ただこっちを見てくる跡部が無性に憎かった。私にはこいつを引き止める術なんてないし、こいつはチャンスがあれば私なんて忘れて、すぐに飛び立ってしまうような奴だ。私なんてこれっぽちの足かせにもならない。
蝉の声を一人で聞かねばならなくなることが、無性に恐いのだ。





「跡部と一緒にいれるだけでいいよ」、なんて。私は百戦錬磨のブロンド髪のポニーテールの蒼目の可愛い子ちゃんじゃないから言えっこない。そんなバカなことを言うのは恥ずかしかったし、跡部がいないとなんにもできない女だと、立場の弱い人間だと思われるのは、自覚するのは、認めるのは、とにかく嫌だった。











「めんどくさいからいーよ」





蝉の声がクーラーの起動音に混じって微かに聞こえる、柄にもなくすこし涙が出そうになった。











これほどにも鮮明に私は秋の哀しさを覚えている が終わる、しさを






06'08'14