寒い。体が、じゃなくって心がさむい。室内は快適な温度に年がら年中保たれている。アメリカと中国は京都議定書に賛成しなかったって言うけど、賛成した日本のこの敷地内にあるこの豪邸が暖房ガンガンであること自体、かなり問題なんじゃなかろうか。(ああ南極の氷が溶けていく・・)(といってもこの家のことだ、どうせそういう対策だってバッチリなんだろう)
自分の部屋を出る。「お外へお出かけになられるのですか?」ボーイに尋ねられたけれど私は首を横に振った。(この窮屈さにも慣れた)(なれたはずだけれどなんだか、なんだか、ちがう)
自分の部屋から右へドア二つ。ドアを開けると中でたっていた彼は振り返った。
「なんだ、どうしたよ」
あれ。私は目をこする。もう一度目を開けたとき彼の姿は跡形もなく消えていた。(なーんだ、見間違いか)











見慣れた部屋を見回す。広い。ダブルベッドに腰掛けた。きちんと整理されたシーツに皺がつく。(お手伝いさんごめんね)枕が二つ。
ここで涙をにじませて奴専用の右の枕を抱きしめてベッドに倒れこんだり、奴の物であろうワイシャツを抱きしめてはたまたベッドに倒れこむとか、そんな器用で可愛らしいことは私には出来ない。出来るわけがない。くそ。とりあえずベッドに倒れこんだ。ネグジェリのリボンが一つほどける。するり。



ドアがノックされる。そしてノックされた瞬間に開かれる。ボーイ(まだ幼い顔立ちの青年だ)は軽く目を見開いた後、かぁ、と頬を染めながら「あ、あの」と言った。(アイツが見たら速攻クビにされるんだろうな)(とりあえずだまっておいてあげよう) 「なあに」私は体を起こして答える。「け、景吾様からお電話です」



















『よう』
「よう、じゃない」
『・・なんだどうした。えらく機嫌が悪いな』
「(アンタの所為だよ!!)・・べつに」
『(ははーん)・・・俺様が居なくて寂しいんだろ』
「(あのクソホクロ・・!!)・・そうですよ寂しいんですよ」
『・・お前変なもんでも食ったか?』
「寂しいんですよ!!結婚から一週間しかたってない上に旦那には海外出張に出られて二週間顔を見てもないししかも今日イブだし周りが息が詰まりそうな環境だし食事する時も未だにどのフォークからつかったらいいかわからないし!!!!さびしいんです、よ!!!!」
『・・おい、泣くなよ(フォークは外側から使うんだが)』
「な、ないてません!!」
『悪かった』
「・・・・・」
『悪かったついでにクリスマスプレゼントだ』



「は、?」



『あと五分でそっちにつく』
「は、え、ええ?」
『ついでに次の出張はオーストラリアだ。あっちのクリスマスは夏だ』
「な、なつとか、いや、え、か、かえってくるって、え、」















「ただいま」















レトロな受話器が私の手からすべりおちた。絨毯の上に落ちたそれはゴト、と鈍い音を立てる。ゆっくりと後ろを振り返る。景吾が、居た。
「てめえ、物落とすんじゃねえよ」目の前に居る景吾は受話器を拾い上げて元のところへ戻した。チン、と小気味良く軽い音がする。
「げ、げんかく?」景吾は怪訝な顔をして言った。「何言ってんだよお前、帰ってくるってさっき言ったろ」自家用ジェットでな。
当たり前のように付け足すと景吾は私の髪をくしゃりと撫でた。そしてその手を目元に這わす。「お前、クマできてねえか?」私はその手を振り解くことも出来ずに、指一本動かせずに言った。「で、でも五分、ごふんって」







「うるせえ」細かいことはどうでもいいだろ。抱きすくめられた。視界が一転して黒に変る。景吾の腕の中だ、と気づくのにすこしかかった。「お前だけが我慢してたわけじゃねえんだよ」























「で、
「一眠りしたあと俺はオーストラリアに飛ぶわけだが」
「あっちは夏のクリスマスだ。サーフィンにのってサンタクロースが来るぞ」
どうだ、俺と一緒に来るだろ?















サーフィンにのったサンタクロースがいようがいまいが、クリスマスが40度以上だろうがそうでなかろうが、答えは一つだってわかってるくせに!



「行きます!」























メリークリスマス!
in summer.
(俺屋敷の中全速力で走ったんだぜ?)