「人を好きになんてなりたくないって私、心底思った」 悟ったような落ち着いた声色に俺は内心苛ついた。何があった、なんて聞き返せば彼女の思う壺だ。聞き返しては、ならない。 その代わりに俺は課題のレポートを書くスピードをほんのちょっとだけ緩めてみた。 彼女は気づかない。 「日吉は好きな人いるの?」 それがどうしたんだ。俺が誰を好きになろうとお前には何の関係も無いんだ。なんて言い返せばやはり彼女の思う壺だ。言い返しては、ならない。 叶わぬであろうこの恋心の相手のことを少しだけ考えてみた。 彼女は気づかない。 「レポートまだ終わらないの?」 夜にいきなりおしかけてきておいてまだ何か注文が有るのか、なんて睨み返せばこれもやはり彼女の思う壺だ。見つめ返しては、ならない。 レポートを書くスピードをまた速めてみた。 彼女は気づかない。 |
「質問に答えてやる」 レポートを書く手を緩めずそう言えば、彼女の驚く気配が肌に伝わってきた。(いい気味だ) シャープペンシルを持つ手とは別の方、つまり左手をかざして人差し指、中指、薬指の三本を立てる。 「三つ目」 薬指を折り曲げる。 「レポートはまだ終わらない」 「二つ目」 中指を折り曲げる。 「俺は好きな人がいる」 シャープペンシルを置いた。レポートから目を離し、を見据える。 「一つ目」 「なら俺はお前にキスさえも出来ないというんだな」 ひよし、 >の唇が動く。声にはならなかった。俺はまたシャープペンシルを手に取り、レポートと向かい合う。 自分が恥ずかしいことを言ったことは分かっている、ガラでもないことをやったことだって分かっている。「恋」だなんて奴で終わりにしたいと思った。あんまりいいもんじゃあない。 |
「・・・レポートまだ終わらないの?」 さっきとは明らかに違った声でが言った。 最後の句点でさえ書くのがうっとうしい。 乱暴に句点を書いた。片思いには終止符だ、だからキスでもなんでもしてやるよ |