「あと一ヶ月で日吉くんの誕生日だね」 その一言がどれだけ俺の心臓をわしづかみにして、 どれだけ俺の胸を喜びに打ち震えさせたか Spica 「はい、これ」 しょぼいけど、と付け足したは俺の家の玄関の前に立って寒さに首をマフラーの中に埋めておずおずと俺に包みを差し出した。 「・・ああ、」 ありがとう、と言おうとしたそのとき、ベージュ色の袋に鮮やかな紺と薄水色のリボンが映えたつつみを受け取ろうとしたそのときに触れた彼女の手が冷たく、俺は咄嗟に言ってしまっていた。 「中、入るか?」 「え、でももう遅いし、迷惑じゃ」 ビュウ、 北風が容赦なく、長時間冷気に晒されているだけでなく、さっきまで暖かさに慣れていた俺の身体をも横殴りする。 「や、やっぱりお言葉に甘えて」 慌てたように言い直したの言葉に、俺は噴出した。 「冗談だと思った」 「え?ああ、まあ、でも言っちゃったことは言っちゃったことだし」 さっきまで俺とはメールしていて。が十二時二分前に『たんじょうびおめでとう!』というメールを俺におくってきて。俺が『フライングだ』と送ったらは『ええーっあたしのケータイ時間設定間違えてんのかな??ごめん!!ちゃんと学校でプレゼントも渡すから!』と。そして俺は冗談のつもりで『今来てくれたら許してやる』と送った。ら。『うん、持ってくよ!!』 は、?と思ったがまさか今は冬の深夜。風も強い。社交的でノリのいいの冗談だろうと考えて、明日も起きるのが億劫だろうなと思い、歯を磨こうとしたその時だった。(風が窓を揺らす中、ピンポーンとチャイムの音が鳴ったのは。) 「ああ、で、その」 「ん?」 「いや・・ありがとう」 「え、いえいえ」 「・・今、開けていいのか?」 「え、ええっ今?うん・・いいけど」 妙に視線をそらしまくるを見て、俺はガサリと封をといた。 「・・・」 「・・・これ、」 「えあああああ、あ、ね、あのね、別に深い意味はなくってね!あのね!去年から思ってたことなんだけど、日吉くん毎年冬、マフラーも手袋もしてないじゃん?!コート着てるときとかはあったけど、でも、す、すごい寒そうだから、あ、ううん、テニスとか古武術で鍛えられてるのは知ってるんだけどね、でもね、さ、さむそうだなって、ね!だ、だからあたし今編み物してるし、丁度いいかなって思って、あのね、うん、ついでで・・・・」 息せき切って焦りだしたかと思えば語尾が小さくなって顔を真っ赤にして(玄関といえど寒くはないはずなのに)マフラーに鼻まで埋めてしまったを見て、俺も不覚にもなんだか気恥ずかしくなって、紺と白のボーダーの柔らかいあたたかそうなマフラーに目をそらした。 「・・・でも、やっぱしょぼいね、うん・・買ったほうがよかったよね・・日吉くん、去年もテニス部のファンのひとたちにいっぱい高そうなのもらってたもんね・・」 こんどは顔を俯いてつま先で床をいじりだしたので、俺は言った。 「いや、うれしい」 「・・マジで?」 「マジで」 その言葉に全くの嘘はなかった。手作りの物を貰うということは俺はどんなに高価なものを貰うことよりも価値があるものだと知っている。金なんてどうにかすれば手に入るものだ、でも作る時間は戻ってはこないし、思いも他に二つとない。今編み物してるし、との言った言葉を思い出す。そういえば教室の席で編み物の本を開いてうんうんうなりながら四苦八苦、友達に囲まれてあれやこれやと指導されながら何かしていたっけ。なにが今してるから、だ。ついで、だ。つい頬が緩む。(俺はもう少し期待しても、いいのかもしれない) 「じゃあ、夜遅くにごめんね」 「ああ、いや、俺こそ、ありがとう」 「いえいえ、私の分は存分に期待して待っときますから」 にっ、と何時もの調子をとりもどしたが笑った。俺も笑って玄関の戸を開け、門を出る。送っていくといえば日吉くんは明日も朝早く練習でしょ、と言ってきかないをうまく丸め込んで、の家の方角へ。 が夜空を見上げて、言った。 「あ、スピカ」 「・・・違うだろ」 「えーでも青白いよ、絶対そうだよ」 「季節が違う」 「いーの、あの星は今日だけスピカ!乙女のあたしにぴったり!」 ニヒ、と笑うに誰が乙女だとため息をついた。 「うん、でも日吉くんの目の前だけあたし乙女だから!!」 そう言ってはいきなり走り出した。あまりにもいきなり走り出したのと、さっきの言葉の意味を理解するのとで思考回路を使い尽くしてしまった俺は、彼女を追うことができなかった。 「なーんてね!じゃーね!日吉くん!!またあした!っていうか、またあとで!!」 いつの間にかの家まで数軒のところにきていた。 「いってきます」 「はいはい、いってらっしゃい。今日も早いのね」 さすが部長さん、誕生日まで部活はぬかりないのねえ、と言う母に俺はあたりまえだろと返す。そう、とコロコロ笑う母の後ろの階段から珍しく兄貴がボサボサの頭で起きてきた。 「んだ、わかしはえーなー」 「兄貴こそ」 「俺は喉がかわいただけだよ」 「そうかよ・・いってきます」 玄関の戸を開けた、冷気が朝の光と共に差し込んでくる。 「あれ?若、」 「んだよ兄貴」 呼び戻されて玄関の戸を閉めた。 「いいマフラーじゃねーか」 ニヤニヤしている兄貴の隣で母は疑問符を頭の上に打ち並べていて。頭の回転のはやい彼女に結論が出る前に、急いで家を出ることにした。「いいマフラーだろ」と言いかえすのを忘れずに。
2006/12/05 (happy birthday,mylove!!)
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