、人差し指一本だしてみんしゃい」
唐突に貴方に言われて私は一瞬躊躇しながらも(貴方はいつも私にとって油断ならない存在なのだ)左手の人差し指を出す。
貴方は、丸くピンク色に念入りにコーティングされた爪の乗った私の人差し指の中腹に、貴方のすこし節くれだってすこし強張ったように見える長い人差し指の先端を軽くつけた。

「さて、何に見えるでしょう」
私にとって珍しい、だが聞きなれた訛り言葉で貴方は私に茶化すように言った。










「・・・人」
「ん、そうじゃ」

人差し指二本が表す漢字を言えば、貴方は猫のように目を細めて口角を上げて、笑う。

「いち、と、いち」
貴方は私の目から視線をずらし、指で出来た文字を見る。
「人は人差し指二本、つまり二人が支えあって初めて生きることができるんよ」





「辛いの?」
わたしはうんと答える代わりに貴方にそういった。そうすれば新しいパリッとした新聞紙がいとも容易く丸まってしまうかのように、貴方は丹精に整った顔をくしゃりと歪めて笑い「そうかもしれん」と呟いた。

人は何かに思い詰まった時、人に何かを説きたくなるというのは私が殺人鬼の他に唯一恐れている人間である貴方にとっても例外ではないらしい。
つまるところ貴方は今とても弱っているのだ。貴方が、よわって、いるのだ。
女癖の悪いくせに変に情というか何と言うか、まあそんなもののある貴方のことだ、きっとまた昨日にでもどこぞの女ともめた挙句、中学生のとき同級生だったという接点ぐらいしか思いつかない私の独り暮らしをするアパートの一室に、窓から差し込む日の出の陽光とともに、貴方はドアからころがりこんで、何故か貴方の定位置になったソファの左端に(そんなことをする必要なんてないのに)、もう一年で酒を堂々と呑める歳になる大きな体を小さく折り曲げて収まって、何故か貴方専用になった青い縁取りのマグカップに入り湯気を立てるカフェオレをちびちびと子供のように飲んでいるのだ。










「ねぇ」
「・・・・・なん」
「帰らないの」
「・・・・・帰ると思うんか」
「・・・毛布、要る?」
「・・・・・ん」



毛布を被せてやれば貴方は「寒い」と子供のように小さく呻いて猫のように私に擦り寄り、噛み付くようなキスをした。





私は丸くピンク色に念入りにコーティングされた爪を持つ いち。
貴方はすこし節くれだってすこし強張った長い いち。



どうやら私と貴方は いち と いち として互いに支えあって生きていかねばならないらしい。






いち いち