「なんできみが泣くの」困ったように滝くんは笑った。実際困ってるんだろう。私の涙からは塩化ナトリウム水溶液が流れ出してとまらない。「でも、」意味もなく言葉を繰り返した。ぐしゃぐしゃになった顔で滝くんの顔を指の隙間から覗くと滝くんはやっぱり困った笑顔を私に向けていた。日はもう完全に四十五度以上傾いて、教室には皮肉にもあたたかいオレンジの光がさしこんで私たちをつつみこんでいた。あたたかく。 泣くべきなのは私じゃない。滝くんなんだ。その困った笑顔がいつもよりもひきつってることも知ってるよ。薄い唇を微かに噛み締めてること知ってるよ。ごめん。ごめんね。私が泣いてる限り滝くんは、泣けない。 「(グスリ)」 「あぁもう、ほら、ティッシュティッシュ」 「あ、ありがどう・・」 ちん、と鼻をかんで、私はティッシュをゴミ箱にスローインする。パスリを音を立ててティッシュのかたまりは深緑のゴミ箱の中に姿を消した。 「・・・俺、これでもがんばったんだよ」 「うん、(知ってる)」 「宍戸には及ばないかもしれないけど毎日毎日部活にも出て、自主練して」 「うん」 「でも結局、負けた」 「・・・」 「長太郎も宍戸を選んだ」 「・・・(ちがうよ、)」 「何が、なにがいけなかった、の、かなっ、あ」 「・・・(たきくん)」 「しし、どは、俺にはないのもの、を持ってるから、かな、あ」 「・・たきくん」 だきしめた。ぎゅう、と音のするくらいに強く。滝くんはひくっ、と男の子らしい低い嗚咽をあげて、私の腰の辺りのシャツをぎゅう、と握り締めた。 「テニスが、したい」 「・・・うん」 「俺、もういっか、い、あのコートにたっ、て」 「うん」 「あいつらと、い、一緒、に、もういっか、い、テニスしたい」 「うん、」 「正レギュ、ラーだとか、もう、どうでもいい、ん、だ、俺はあいつらと、も、もういっか、い、テニスが、」 「うん」 「テニスが、したい、よ・・・」 滝くんの本音をはじめて聞いた。滝くんはいつも自分を笑顔の裏に隠していた。それは人に見られるのが厭とか、そういうんじゃなくて、自分の出す本音で相手に迷惑をかけたくなかっただけなんだ。それは私にもおなじだった。それに気づくと同時に滝くんの本音と悲しみとを抱えられない自分がとても悔しかった。なんていえばいいんだろう、なんて。言葉なんてうすっぺらいものだ。喩えそれを言ったところで滝くんの悲しみは多分一つも消えはしない。 「大丈夫、だよ」 「・・・」 「あとべくんも、お、おしたりくんも、むかひくん、も、かばじくんも、ひよしくんも、おおとりくんも、し、ししどくんだ、って」 「・・・」 「おんなじようにおもってるから、」 「・・うん」 「たきくんとテニスしたいって、そう、おもってるはず、だか、ら」 滝くん。私は君に何が出来るんでしょうか。聞いてみたって君は多分そばに居てくれるだけでいいなんていうんだろう。でもそれじゃだめな気がするんだ。でも、何も出来ないんだ。自分が情けないよ、悔しいよ、そんなの滝くんの悔しさの方が何億倍もおおきくてたいせつなものなのに。 その何億倍のかなしさを持った滝くんをだきしめる手に力を込めた。滝くんの手にも力が入った。 なんにもできなくて、ごめんね
僕らはまだ、
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