「わりぃ」
獄寺君の唇から紡ぎだされた言葉は私の頬を舐めることなく、机と机の合間を縫って、夕凪に溶けてゆきました。






「俺は」
「あの人しか、見れないから」
苦しそうに獄寺君は言葉を口にします。ああ、そんな苦しい顔を、なさらないで、どうか、







「気持ち悪りィだろ」
「男が男、好きとか、さあ」
「狂ってる」
「狂ってんだ、俺」
ううう、と獄寺君は呻いて窓に寄りかかり、そのままずるずると床へ力なく崩れ落ちました。くるってる、くるってる、と、つぶやきながら。




「いいえ」
惚れた好いたに男女は関係ありますまい。私は羨ましいのです。こんなにも、人を愛せる、あなたが!それはなんと美しいことでしょうか。顔色を伺ったり、一喜一憂したり、打算を目論む。全ては愛のために!なんと、うつくしいことでしょうか、と、思うのです。












「人を愛する、獄寺君は、とてもすてきです」



あなたのことを愛する私も、誰かの目にそういう風にうつることがあるでしょうか。美しいと、あこがれてやまぬと、思う人がこの先の人生の小道でそっと現れるでしょうか。そして私はその稀に見る度胸を持つ方の胸のうちに気づくことが出来るのでしょうか。そう言うと獄寺君は、少し笑って顔を上げました。
「お前なら、気づくよ」






「いいえきっと気づきません」






私は立ち上がってスカートの皺を伸ばしました。
この性に荒れた現代社会においてこれから他の男性と唇を重ねることもあれば肌を重ねることもあるでしょう、けれど私は思い出します。いいえ、頭の片隅に、いいえ、頭のど真ん中に獄寺君を据え置くでしょう。何時如何なる時も私は獄寺君のことを考えるでしょう、案じ続けるでしょう、思い続けるでしょう。獄寺君が彼を愛するように私もまたあなたの事を、愛していますから。多分。
すこしたったあと、獄寺君は天井を見ながら、「たぶんって、なんだよ」と言いました。






「それは私が卑怯な証です」
あなたと唯一違うところです。その言葉はついには口にはしませんでした。



「卑怯ついでに申し上げますと、私は獄寺君の全てを応援する、とか、そういうことはできません、獄寺君の大切な人と獄寺君が幸せそうに笑っているのを、私は遠くで笑って見守るということは、きっとできません。貴方にくちづけることも、抱きしめることも、愛を囁くこともないことを、それでいいと思えるほど、私は作られた人間ではないからです。それでも、私は」












「あなたが幸せになってくれることを切に願っております」
だからそうやって自分を押し込めることはもうやめませんか、獄寺君。






獄寺君は私を見ませんでした。しかしその沈黙は、私に次の言葉を発する権利を与えるものでした。









「自分が、愛する人を一番幸せにできる、と確信するのが、きっと、愛だと思います。多分」



私がく、と胸を張ると獄寺君は始めて私の顔を見て、言いました。









「多分、なのかよ」
「ええ、たぶん、」



2007/07/20