兎も角その少年と少女は私が見た中で最も美しい二人だといえたのです。わたしはかくいう風になりたい。何度その望み願いを唱えた事でしょう。所詮叶わぬ夢を夢見てしまうほど、その二人はそれはそれは、とても美しかったのです。















ある夕方のこと、私は教室の窓辺に腰掛けて佇んでいました。カキン、という涼しげな金属音。楽しそうな笑い声。心地よい風。美しい橙の空。私はこの時間がとても好きでした。だからこの日もこうやって夕風に吹かれていたのです。途端、ガラガラ、と戸の開く音がしたので私はそちらへ目をやりました。入ってきたのは、ひとくみの少年少女。私の最も憧れとする、あの二人です。私は当然慌てました。慌てて、邪魔にならぬよう、しかしやはり多大な好奇心を持って息を潜めたのです。








「おい早くしやがれ」「あれ?ここにおいたはずなんだけど・・・」忘れ物でもしたのでしょうか。彼女は自分の席の机を覗いて、うーん・・と唸りました。そして屈めていた身を真っ直ぐに伸ばして、ロッカーへ向かいます。「ええー?ないよーどうしよう」それまで腕を組んで苛々、という素振りで彼女を見守っていた彼ははぁ、とため息をついて「おい、ロッカーは見てやるから。教壇かなんかに置いてあるんじゃねえのかよ」と彼女の元へ歩を進めました。私はこの彼の不器用なりの優しさがとても好きなのです。そして彼女は「うん、ありがと」と微笑みました。私はこの彼女の屈託の無い笑顔がとても好きなのです。














「おいてめーあったじゃねえかよ」「えっうそ!ありがと!」「アイス奢りな」「えー」二人ともそれは楽しげでした。私はつられて少し笑いました。そのとき、彼女が私のほうを見たのです。






「あ」






しまった、と思いました。私なんぞが彼女の視界に入ってはいけなかったのです。重々承知していた事とはいえ、好奇心などに負けてしまった己を私は深く恥じました。そんな私にお構い無しに彼女は私に近づいてきます。そして彼女は私を覗きこんで、



「獄寺!きてきて!すっごくきれい!」












胸が変な音をたてました。彼女はきれい、だと言ったのです。忌み嫌われる存在であるべき私を、綺麗、だと。分けも分からずただ足をわたわたと滑らす私と、彼女の隣に「んだよ」と彼までもが近づいてくるのです。私は一層慌てました。身を硬くして、いつ弾き飛ばされてもおかしくない様に身構えたのですが、















「・・・ほんとだ」



彼までもが。そう言ったのです。私は嬉しさを通り越してなんだか全身が痒くなってくるのをおぼえました。









「なんていうんだっけ、」
彼女が美しく白い半月の浮かぶ指で私を指すと、彼は
「玉虫」



といいました。











玉虫。





それが彼らの言う私の名前であることを、私は唐突に理解したのです。私は自分の名前などまるで知らなかった。たまむし。悪くない、と思いました。寧ろ彼の口から発せられたその言葉は転がり込むように私の胸に吸い込まれて、とても心地が良かったのです。






「すっごくきれいな色」
「光の反射で変わんだよ」
んなこともしらなかったのか。呆れる彼に彼女はパンチをひとつお見舞いしました。彼は涙目で咳き込みます。よほどいいところへ入ったのでしょうか。しかし私はそれも彼女の愛情の表現の一環であることを知っています。






「光の反射かあ・・・」
彼女は大きな光る何かをとりだして、私の目の前に置きました。そこに映る緑、紫、橙の美しい光。これはいったいなんだろう。私は初めてみるそれにわくわくと胸が高鳴るのを感じました。彼女がその板を左右へ揺らすたびに、その美しい光は右へ左へゆらゆらと色を変え形を変え、私を魅了します。









「玉虫ってすごいねー」



彼女はわたしがすごい、といいました。となれば、この美しい光を発するものは私ということになります。私は胸がいっぱいになるのを感じました。もし私に涙腺というものがあれば、私は大粒の涙を零したでしょう。丁度こんな夕方の日に、彼女が一人流した涙のように。


、帰るぞ」
「あ、うん」















兎も角その少年と少女は私が見た中で最も美しい二人だといえたのです。わたしはかくいう風になりたい。何度その望み願いを唱えた事でしょう。所詮叶わぬ夢を夢見てしまうほど、その二人はそれはそれは、とても美しかったのです。



しかし私は自身に誇りという物を覚えました。あの二人が美しい、と言ってくださった。奢るまでもありませんでしたが、私はそのときまさしく天にも昇る気持ちだったのです。私はこの命尽きるまで、あの二人を見守ろうと決心しました。この小さな身体を見かけたとき、彼女はまた目を輝かせてくれるでしょうか。彼はまた微笑んでくれるでしょうか。それを考えるだけで、私の胸はどきどきと、高鳴るのです。





2007/08/30