さようならさようなら愛しい人


貴方のことは二度と思い出さない







嘘のような、晴天だった。空はもう嘘のように青く、高く、雲はもう嘘のように一つも浮いていなかった。もう秋になるというのに、じりじり、と太陽が首筋を焼く。あつい。でも束ねる髪をほどくなら、たちまち残暑特有のあのじわじわとした暑さが首元に絡み付いてくるにちがいないので私は髪を解かなかった。
嘘のような、晴天だった。(あのときはあんなに鬱陶しいほどにあめが、ふっていたのに)









インディゴブルーに光は墜ちる









六道骸が、死んだ。



文字にすればたった七文字のこの誰にも覆す事の出来ない事実は、目に見えないベールのように私たちを包み、とても重たい鉛のように私たちの全てを鈍らせている。とりあえず、彼は、霧の守護者は、ボンゴレの一幹部は、六道骸は、死んだ。実のところ、このようなことを気にしている場合ではない。守護者とはいえ、ボンゴレという集団の駒が一つ、マフィア間のよくある闘争の中で消えただけだ。代わりを探さなければならないのだ。駒、なのだから。だが私たちを包むものはそんな焦燥とは程遠い。どちらかといえば、倦怠感によくにた其れは、墓標の前に立ち尽くす黒服の私たちを、なんて青空に似合わぬ場違いな者達だ、と嘲う。






綱吉の横顔には影が湛えられている。隼人の足元にはもう何本も煙草の吸殻が落ちていた。山本の表情は俯いているから定かでない。雲雀は真っ直ぐに墓標を見ていた、がその表情からは何も汲み取れない。了平は目を瞑っている。ランボは哀しそうな顔をしている。バジルは顔をしかめている。千種は手遊びをしている。犬はいない、てこでも動かずにここに来る事を拒んでいた。髑髏は、言わずもがな骸とその運命を共にした。









私たちは動かない。というより実のところ、動く事が出来ない。ここに何時までも立ってもうこの世に居ない人間のために浪費する時間などはっきり言って私たちには皆無なのだ。動かなければ行けないし去らなければ行けないし前に進まなければならないしまた新しい屍を積みに行かねばならない。世界は確実に歩をすすめているが、私たちはやっぱり動けなかった。だけど。






「綱吉」
「・・・」
「綱吉、もう行かなきゃ」
「・・、」
「私たちにはやらなくちゃならないこと、まだまだいっぱいある」
そう言うと綱吉はそうだね、とあの優しい声色で呟いた。それを皮切りとするように隼人が加えていた煙草を足元に落として、ぐり、と石畳に踏みつける。綱吉は細く息を吐いて、墓標に背を向けた。そしてその後を、隼人が、山本が、了平が、ランボが、バジルが、千種が、
私もその後に続こうとすると、雲雀が呟いた。
「もう行くの」
「もう、って」
「行きたくないんだろう」
じい、と見つめられる。雲雀の肩越しに見える皆の背中は既に小さくなっていた。私はすこし狼狽したが、こんなときにつく嘘は逆効果だということを厭と言うほど骸で実戦済みなので、「そうかもしれない」と呟くだけにとどめた。雲雀は「じゃあそうするといいよ。綱吉には僕が言っておく」と言い残して背を向けた。









墓地には私一人が残ってしまった。生きている人間にとどめなければここには大勢の人が、いる、が、生きるものだけが生きる至極簡単なこの世界のなかで其れを勘定に入れるのはやはり可笑しい気がした。さっきから私はとても遠回りなことを考えている。要するに私はこの世界を憎み始めたのだ。ぽつ。見上げると何時の間にか、曇天。なんて皮肉なんだろうと思った。よりによって一人になった途端降り始めるだなんて、それは泣けと言っているのと、同じじゃないか。






「骸、」君の笑い顔なんて脳裏にも目蓋にももう染み付いてしまっているよ。君は最後まで皆に疑われていたのだろうか。過去の罪は清算しようとも跡形も消えるわけじゃない。世界はそんな甘くない、って君は私にそう言ったね。それは自分に言い聞かせてたの?こんな、最期の最期まで、心のどこかで疑われてて、それで、死ぬなんて。ねえ骸はそれでよかったの?いいはずがないね、信じてもらいたかっただろうに、私は、こんなにも君の優しさを悲しみを慈しみを怒りを遣る瀬無さを悦びを喜びをしって、いたのに、私は君のために何か出来ていたのだろうか。【死は人生の終末ではない】だなんて、じゃあ終わりではないとしたら何になるの?【生涯の完成である】?これが完成なら、神様とやらも皮肉なものだよ。こんな馬鹿みたいに意味の無い完成が、あっていいはずないんだ。いいはずがない。骸、だから私は覚えているよ。君の伏せられる長い睫毛も銃に不釣合いなまでの長いその指も優しく頭を撫でてくれるその大きな手のひらも黒い黒い赤い瞳もさらさらした髪も美味しそうにごはんを食べる姿も天ぷらを異常に気に入って三食毎日天ぷらださせて3日目に吐いたこともそのときあたしが堪えきれずに爆笑したときにすこしすねたようだったその頬も、ねえ、私たち馬鹿みたいなこと一杯したね?普通の、若者らしいことだっていっぱいできていたと思うよ。きっと私たちは幸せだったんだよ。ぼろぼろぼろぼろ、と流れる涙は最早雨だと隠し通すには暖かすぎた。ああこれが夢であって欲しいこのまま私が目を開ければそこは暖かい貴方の腕の中で。うなされていた私の目じりに骸、君はキスをする。夢見るものなら夢見たいよ、けれど夢じゃないんだね私たちは日常のすぐ隣で非日常とともに生きている。質問その@【これから二人は何処へ向かうのか?】 回答【君は六道骸は死んで私ははまた非日常を生きる。】答えはいつも、多くあるようで一つしか、ないのだ。(「間違い。」ってあの日のように優しく笑ってくれたらどれほどいいか!)






「むくろ、」私が骸のことを何時までも愛するよ。誰に交際を申し込まれようと求婚されようと鉄の操で跳ね返してあげる。こんなにも私の愛は強いのだドラベッラよ!行かないでって引き止めるその目も手も腕も唇も無いけれど、私には自分の目も手も腕もあるから。




「すきだよすきだよすきだよだいすきだよぉ」私は骸のことを何時までも愛するよこんな早い別れにも私の愛は屈折などしないってこと見せ付けてあげるから。地の底で見ていて。できるかぎりゆっくり、追いつくから。





2007/09/14




さようならさようなら愛しい人


貴方のことは二度と思い出さない


(だって思い出すと言うことは)


(忘れていたと言うことでしょう?)