「絶対ずっと一緒にいような」




彼女はすこし、ほんのすこし、俺ぐらいに他人に敏感な人間にしか分からない程度に狼狽して、それでもその痕跡を少しも残さずにただ微笑んだ。はい、ともいいえ、とも言わなかった。特に答えを期待した問いかけでもない。だから全くとっかかりもひっかかりもなく場の空気は流れていった。
ある平凡な、長閑な、美しい、すぐに忘れてしまう、一日だった。












屋上のフェンスはみしりと鳴った。俺は下を覗き込む。結構、ある。あの時よくこんなとこに立てたなあ、と呆れたため息が出るほど足場は無かった。空は青い。 「絶対?」俺が絶対、という言葉を使ったときに、決まって反芻される。彼女の口から紡ぎだされたその単語に俺は何の違和感も覚えることなく、「絶対」と何時も、笑っていた。何時も。「約束な、」そういって指きりなんていうかわいいことをしたりもした。
あの時にワンテンポ、ツーテンポおくれて彼女の小指が差し出されたのは、何もその行為が幼く思えて気恥ずかしくなったというわけではないことが、今では分かる。
















何気なく言った俺の絶対と約束が、彼女をどれほど、をどれほど息も出来ないほどに突き放していたのだろう、たった一人で、彼女を俺はどこへやってしまったんだろう。写真は全て俺の作り笑いとの諦めたような悲しい笑顔しか並んでいなかった。ねえ、もっとないのかよ。もっと、幸せに満ちた、記録は、ないのか?部屋中かき回しても、プリクラも見ても、どこにもの笑った顔はなかった。俺の隣、という位置では。

霞む事無い記憶にも、の笑顔は無い。ただそこだけが、切り取られたみたいだ。なんで。なんでだよ。と自分に問い詰めることはしない、最早わかっていることだから。








「でもお前は最初っから、俺との将来とか、そういうモン考えてくれやしなかっただろ」
俺はなんて酷い言葉を口にしたんだろう。暴力よりも痛い、いたい、いたい
は笑って、「そうかもしれないね」と言った。笑って。俺の見たことの無い、手に入れることの出来ない、晴れ晴れとした、笑みで。

約束できないなら、しなければいいのに

は正しかった。いつも正しかった。自分の全てにに忠実な彼女はいつも正しかった。



あたしは自分の気持ちに、嘘なんてついたことなかったでしょ?
















「ひどいなあ」



空は青い。何が酷いかなんて分からなかった。
全ての積荷を彼女に押し付けて(彼女の世間体の崩壊という置き土産を残して)何も知らないフリしてほんとは何も分からずに解ろうともせずに去っていった俺が悪いのか、そういう全ての思いを小さな背中に背負って一つ二つの形式的な「酷い言葉」を俺に吐いて(俺の世間体の向上と周囲の「ヤな女につかまっちゃったね」なんていう哀れみという置き土産を残して)全て知って知らないフリして去っていった彼女が悪かったのか。








山本は優しすぎたね」放たれた言葉。もう呼ばれる事の無い下の名前。下から吹き上げる風を感じて屋上に足二本でかろうじて命の綱を保っていた時、ほんとうは知っていた、が、俺を見ていたこと。「死んだらよかったのに」友達に笑いながらそうこぼした事も知ってる。そして彼女は俺以上に、他人に対する嘘が上手い。(俺は彼女以上に自分に対する嘘が巧い。)「死んだらよかったのに」って言いながら俺を見たその目。すごく笑っていた。心の底から。うつくしく、気高く、綺麗に、やさしく。
あのとき俺が地面にぐちゃってなってたら、きっと彼女は傍によろうともしなかっただろう。「皆が忘れたころに、お墓にいってあげるよ」今にもそういいそうな気がした。なあ、いまならわかるよ。君はほんとは正しかったんだ。君は弱くて強くて優しくて気高くて意地っ張りでつよがりでそしてとっても独りよがりで、ねえ、ごめん。ごめんっていう言葉を素直に口に出来るほど俺は君みたいな人間じゃない。ヒクツだし、きっと今の俺のごめんを聞いたって、君は鼻で笑って蹴飛ばすだろ?許せ、って言ったら「とっくに許してるじゃない」って笑うだろ?ねえ、でも許して。君がもう心の底から俺のことを許していると知ってる。きっと俺の一声で元にだって、元以上の関係にだって戻る事ができるってことも少し、甘い?でも君は俺に甘いんだ。いつでも。








2007/08/15