カキイン、と小気味良い金属音が夏の空に吸い込まれる。吸い込まれたところでジーコジーコという蝉の騒がしい鳴き声は止まない。 「おおい」 「なにー?」 がしゃ、とフェンスの揺れる音がしたのであたしはしかたなく雑誌から目を離して日傘を上げた。 「見てた?」 「超見てたよー」 また雑誌に目を戻せば、「それを見てねーっていうんだよ」と笑われた。 「いえいえすごいホームランでしたわよ山本さん」 「んだよーちゃんと見ろよすっげえ飛んだのに。柵越えたぜ柵越え」 山本は口を尖らしてバッドをぶんぶん振り回してバッターボックスにもどる。 「お前ちゃん見とけよなー」 「なにそれそれじゃあたしが行きたいって言ったみたいじゃんか失礼な」こんな暑い中誰が野球なんて見たいと思うもんですかしかも屋根ないし!影ないし!畜生なんだジーコジーコジーコジーコって今はオシムジャパンだよ!「え、なんて?」「ううんこっちの話」「そーか」 「もーあたし焼けるからやだっていったじゃん」 「いやは白すぎだろ」 「んなことないよ日焼け止め塗り損じて背中だけ真っ黒だよやばいよホントせっかくお休み貰ったからってはしゃいで死海なんて行くんじゃなかったー水しょっぱいし」 「マジで?誰といったの」 「ビアンキがつれてってくれた。あとフウ太」 「おお、フウ太もやるなあーーっとぉ!」 カキイン、 「やるなあ、ってアンタあたしと10も年離れてんのにやるなもクソもないでしょうよ」 「いやいや女と男に年の差なんて、ってやつよ」 「並盛は変わら無いのに山本はおっさんくさくなったよねえ」 久しぶりの母校を見渡す。日本はこの時期お盆だからだろうか、校舎にもグラウンドにもひとっこひとりいなかった。 「あたしたちこれ平たく言えば不法侵入ってやつだよね」 「いーだろべつにっっっと!」 カキイン、 「勝手にピッチャーマシンまで拝借してるあんたには言われたくないけどね」 「いーのいの、OBだから」 「OBって何の略?」 「さあ?オールドボーイとか?」 何だか人の声がした気がしたので陸上グラウンドのほうを見た。つんつん、というかふわふわ、というかどっちもつかない栗毛の髪をした青年が手を振っている。 「もう行くってさ、山本」 「マジで?」 カキイン、 「ー上着とって」 「はいはい、」 フェンス越しに投げれば黒いスーツはぶわっと青い空を切り取るように影を作った。山本はその影をキャッチする。 「」 「なによ」 「ちょいこっちきてみ」 雑誌をパタンと閉じて立ち上がって、段差を降りてフェンスに寄れば、隙間から服をくん、と引っ張られて、あたしは、そのまま 「ちょっと」 「なんだよ喋るなよムードねえなあ」 こんなところでするキスにムードなんてあるのか、と言いたかったけれどまた何か言われるのがオチなのでじとっと睨むだけにしておいた。 「フェンスあついんだけど」 「だなあ。あ、ほっぺたに赤く跡ついてる」 山本が笑うので「誰のせいだ、」と隙間に勢いよく傘を差し込んだ。「うおっ危ねえ」 「山本ー」 「ん?」 「また還ってこれるかな」 「さあなあ、」 山本は大きく伸びをして、バットを段差に立てかけて、あたしと並んで栗毛の青年の方に向かう。いつのまにか銀髪の青年もその隣に居たので手を振れば、はやくしやがれ!と叫ばれた。 「とおい未来のことよりあしたのこと、だろ」 輝いているように見えた非日常という日常にあたしたちは帰る。息苦しく疎ましく感じていた日常という非日常に還ることのできる日がくるかどうかは、きっとだれにもわからない オールドガールに未来はあるか
2007/08/21
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